「っと、確か、ココ…よね」
大きな、そして古い屋敷。
木製の重い扉を苦労して、開ける。
初めに、広い廊下が目に映る。
吹き抜けから注がれる光で明るく照らし出される空間。
「あぁ、いらっしゃいませ。…お客様、ですよね?」
不意に聞こえた落ち着いた、優しそうな声。
その声の持ち主は二階からゆっくりと降りてくる。
(わぁ…)
長い夜色を緩く束ね、にこやかな笑みを浮かべている。
身長が少し高すぎる気もするが、
「美人…」
思わず、そう呟くと、目の前の人の動作がピタリと止まる。
「?」
心なしか、表情が強ばっているような気がする。
「あの、申し訳無いのですが、女性では、ないんです」
本当に申し訳なさそうに、それでも笑みを浮かべている『青年』
「え、あの、すいません!私、てっきり…!」
恥ずかしくなって、思い切り頭を下げて謝るが、
「構いませんよ。よく、間違われるんで、慣れていますから」
そう、はにかみながら言う姿は女性そのものなのだが、これは告げないでおこうと心に決める。
「どうぞ、こちらに」
気を取り直して、通された部屋はテーブルとソファしかない殺風景な部屋。
勧められるままにソファに座る。
「今、お茶をお持ちしますね。紅茶でもよろしいですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
青年が部屋を出て行く。
笑顔が優しくて、本当に綺麗な人だ。
(目の保養よね)
そんなことを思いながら大きな窓の外をぼんやりと眺める。
窓の外は青々とした芝生に覆われ、花壇の中には季節の花が咲き誇っている。つい誘われて窓に近付く。
(几帳面な人が植えているのね)
きちんと種類別・色分けされている花たち。
(もしかしたら、植えてるの、美人なお兄さんかしら)
なんとなく、あの青年なら几帳面に、そして愛情を持って花を育てていそうだ。
(花、バラとかが似合いそうね)
花壇を眺めながら、小さく笑う。
「Σ(シグマ)さーん!!玄関掃除とトイレ掃除とお風呂掃除と庭掃除、終わりました!!褒めて下さい!!」
「きゃぁ!!」
本当に驚いた。
心臓が一瞬止まった。
少なくとも、寿命が一年は確実に減ったと思う。
ぼーっと花壇を見ていた自分も悪かったが、窓の下からいきなり男が飛び出してくるのだから驚かない方がおかしい。それも何故か語尾にハートマークがついている。
「あ、客か?悪い、間違えた」
バツの悪そうな表情を浮かべて、謝る青年。先程の美人のお兄さんと比べると美形度が少し落ちるようだが、十分にカッコイイ部類に入っている。表情がコロコロと変わるので、人懐こい印象を受ける。
「永禮(ながれ)さん、お疲れ様です。すみませんが、所長を呼んできてくれませんか?多分書斎にいると思いますか ら」
「了解!」
バタバタと玄関に向かう足音が聞こえてくる。
「すみません。驚かせてしまいましたね」
先程と変わらない笑顔で紅茶を勧めてくれる。
綺麗なセピア色をした紅茶はとても良い香りがした。
バタバタ。
バタン!!
バタ、ドタッ!!
「…賑やかですね」
おそらく、『所長』とやらを探している音。
足音とドアを開ける音。そしてどこかにぶつかる音が次々と聞こえてくる。
「なかなか見つからないようですね」
天井を見上げ、苦笑Σ似合わせて、笑みを浮かべる。
この人の笑顔はとても和む。
「α(アルファ)なら食堂よ」
先程、あの元気の良い青年がでていったドアが開くとともに、今度は女の子が入ってきた。ふわふわの腰まで届くような黒い髪に深緑の目。人形みたいでとても可愛い女の子だが、表情がない。
「θ(シータ)、お帰りなさい」
青年が穏やかに微笑む。
「お客さん?」
深緑の目がこちらに向けられた。
軽く頭を下げると、θと呼ばれた女の子もペコンと頭を下げる。本当にとても可愛い。
「そうですよ。あ、θも座って下さいね。一緒に話しを聞きましょう。αは食堂ですか?先程まで書斎に居たので…、永禮には見当違いな場所を探させてしまいましたね」
「でも、もう見つけたみたいよ」
θがソファに座りながら、呟く。
バタバタッ!
ドカッ!!
バタン!!
ペタペタ。
(な、何!?)
今の音は明らかに普通ではない。
ΣとΘに答えを求めるように視線をやる。
「今の音は、蹴られましたね。所長に」
「永禮、可哀想ね」
「いつものことでしょう」
蹴られるのが、『いつものこと』
そんなの、絶対におかしい。
ドアが、開く。
「あの馬鹿。俺の後ろを獲ろうなんて100年早い。何回教えてやっても覚えないな。脳細胞、死滅して んじゃないか、あいつは。って、あぁ、客?待たせてしまって、すみません」
前半と後半の台詞。
どちらがこの少年の本性なのか、一応漢えてみるが、そんな必要はない。明らかに、前半の台詞が本性だ。
黒い髪と目を持つ少年はθという女の子と同じくらいに可愛いのに、性格はなかなかのものらしい。
Σがαに紅茶を出していると、顔をしかめた永禮が入ってくる。
「おや、意外と回復力があるな。もう少し伸びていると思ったが。馬鹿は頭を使わない分、体の治りが早い。その回復力を頭に回したらもう少し利口になるんじゃないか?」
完全に馬鹿にしている。
「絶対に、いつか泣かせてやる」
そんなことを呟きながら永禮はソファに座り、足をさする。
「本当に学習能力ないな」
紅茶を受け取りながら、諦めたように溜め息をつく。
その様子を見ていたΣは
「所長、その辺にしておいて下さい。お客様が困っていますよ」
馬鹿にし続けるαを止め、今にも噛み付きそうな永禮の肩をポンと叩く。
「馬鹿にされる方が、悪い」
紅茶を一口飲み、そう言い切る。
言い切れる辺りが凄いと思う。
思わず、少年に視線をやると、
「あなたは、俺達に仕事を依頼しに来たんですよね?」
少年と視線が合った。
「あ、はい。あ、あの」
いきなりのことに驚いて、言葉が上手く出てこない。
「判りました。ご安心下さい。あなたの依頼は確かに引き受けました」
「え?」
「…いつも思うんだが、お前、どんな基準で依頼を選んで居るんだ?」
永禮が、一番まともな質問をする。
「俺がこの中で一番偉いんだ。だから、俺が依頼を選んで何が悪い。アオミドロは黙ってろ」
…『アオミドロ』単細胞。つまり、単細胞(馬鹿)ってこと?
女性より美人なお兄さんと、明るいが単細胞(?)なお兄さんと、とても可愛いのに表情がない女の子。そして、とてもとても偉そうな少年。
なんだか、とても変なところだ。
(なんなの?この人達)
もしかしたら、来てはいけないところに来てしまったのかもしれない。
今更、後悔しても、遅いようだが。
とりあえず、今自分の抱えている問題は彼等にしか解決出来ない。
たとえ、変わっていようが、彼等に頼るしかないのだと、自分に言い聞かせる。
彼等は
『どんなことでも、解決する』
と噂されている人達なのだから。
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